Oct 17, 2010
お酒を飲むことによって赤ら顔の状態
お酒を飲んで赤ら顔になる人が多いです。お酒の強さ弱さは個人差があります。また、お酒を飲む赤ら顔になる人とならない人がいたです。それは人間が持つ酵素の機能に影響を与えることが知られています。お酒の強い人は体内に持って来たお酒を分解する力があるので、お酒が強いです。一方、酒に弱い人は、その酵素が少ないため、酒を飲めばすぐに赤ら顔になってしまいます。女性は両方の脇やすねのムダ毛を心配しています。そして、カミソリと除毛クリームなどで一時的に対処しています。医療脱毛で永久脱毛があれば、多少費用がかかっても構わないと思っています。しかし、医療脱毛に関しては、様々な問題があることを聞いているので、今はまだ実行に移すことができないです。
【凶行が問うたもの(上)】
《親をなくした子供を孤児という。伴侶をなくした夫を寡夫、妻を寡婦という。
子供をなくした親を呼ぶ言葉はない。
その痛みを言葉で表すことはできないからだ。》
2004年9月、米・ニューヨーク(NY)の中枢同時テロ追悼式典で、当時のブルームバーグ市長が述べたこの「追悼の言葉」が、大教大付属池田小事件で長女の酒井麻希ちゃん=当時(7)=を失った父、肇さん(48)は「自分の思いにぴったりだ」という。
児童8人が刺殺され、教員を含む15人が重軽傷を負った凄惨(せいさん)な事件に、大阪府警は本部を含む56人による「特別被害者支援班」を初めて編成。遺族や被害者の家族ごとに2、3人がついた。搬送先の病院で麻希ちゃんの最期をみとった肇さんと妻の智恵さん(50)は司法解剖を待つ間、担当の女性警察官2人を紹介された。
「何でも手助けします」と言われた智恵さんは「何かをしてもらうなら、麻希のためにしてほしい」と思った。だが、麻希ちゃんはもういない。口から出たのは、こんな言葉だった。
「もう、何もしてもらうことはありません」
2人は智恵さんが自宅に戻るのに付き添い、マスコミに囲まれたマンションの部屋に入ると洗濯物を取り入れてくれた。その瞬間、「ここで生活を営んでいたのだ」と智恵さんに現実感が戻った。
こまやかな支援は、大きな力になった。2人と家族の交流は、今も続いている。
犯罪被害者を取り巻く状況はこの10年で大きく変わった。平成17年4月には、犯罪被害者の権利を明確にし、支援を国や自治体、国民の責務と位置づけた「犯罪被害者等基本法」が施行。池田小事件で遺族の代理人を務めた垣添誠雄弁護士は「それまで被害者支援は“お恵み”でしかなかった。権利の主体と認められた意義は大きい」と話す。
池田小事件の8遺族は、厳罰を求める署名活動、刑事裁判での意見陳述、学校の建て替えへの意見、国に再発防止を求める交渉など、さまざまな課題に主体的に取り組んだ。遺族自らが依頼した臨床心理士の長井進・常磐大教授が、水戸−大阪間を何度も往復し、調整に奔走した。
長女の本郷優希ちゃん=当時(7)=を失った父、紀宏さん(46)は「いろんな人が支え、思いを共有してくれたから、ここまでこられた」と10年の歳月を振り返る。ただ、支えになったのは公的制度や社会の仕組みによるものではなく、人々の善意による献身的な協力だった。酒井肇さんは被害者が効率的に支援にたどりつける仕組みや第三者機関の必要性を指摘したうえで、こう訴える。
「私たちが受けた支援を日本のスタンダードにしてほしい」
池田小事件の被害者支援を主目的に15年に設立された「学校危機メンタルサポートセンター」で3年間専任講師として勤めた経験を持つ新(あたらし)恵里・京産大法学部准教授(被害者学)は、「日本の被害者支援は米国より20年遅れている」と指摘する。
米国では1960年代から各州に被害者支援センターが設立され、84年には連邦レベルで犯罪被害者法を制定。第三者機関によるサポートは24時間365日対応で、被害発生後に早期介入、期限の設定はなく、長期支援が受けられる。
日本でも犯罪被害者給付金の拡充や裁判への被害者参加など、制度創設は進んだ。だが、新准教授は「被害者の悩みは根本的には変わっていない。公的機関による支援には限界があるし、民間団体の支援も米国のレベルに達していない」と指摘し、こう話す。
「本来、犯罪被害とは社会全体の問題のはずだ。被害者救済が社会への信頼回復につながるという視点が生まれれば、被害者支援のあり方も変わるのではないか」
大教大付属池田小の児童殺傷事件は8日で10年を迎える。事件が問いかけたものを改めて考える。
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東日本大震災で津波が直撃した岩手県陸前高田市の景勝地「高田松原」で、1本だけ残った松が危機にひんしている。
葉が赤茶色に変わり始め、ボランティアらは復興のシンボルでもある〈奇跡の一本松〉を救おうと、保護に向けて作業を進めている。
高さ約30メートルの松は当初、葉も青々としていたが、保護に取り組む「高田松原を守る会」によると、約2週間前から徐々に葉が変色。地盤沈下によって、根が海水を含む土につかって傷んだ可能性があるという。同会などでは、暑さなどの刺激から少しでも守ろうと、幹のまわりにネットを巻き、地面にワラなどを敷き詰めている。
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